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ポーが、幻想小説の幹からミステリーを枝分かれさせた創始者であることには、異論は少ないはずである。彼はただ、このジャンルの長編はついに書かなかった。では、誰が栄えある世界最初の長編ミステリーの作家であるかといえば、これには諸説が生じてしまう。
ポーに先を越された形のディケンズの一八三五年の作「荒涼館」 であるとも、フランスのガボリオーの一八六六年の作「ルルージュ事件」であるとも、また同じこの年のドフトエフスキーの「罪と罰」であると考える研究家もいる。しかし一般には、ディケンズの友人であるウイリアム・ウイルキー・コリンズの「月長石」であるとされる。
一八六八年に世に現われたこの作品に対する、T・S・エリオットの評は有名である。神秘不可思議な謎の設定、論理的なその解明、まったく意外な犯人、人間味ある探偵の登場など、理想的なミステリーとしての条件をほとんどすべて充たした、最初にして最高のミステリーである、というものだった。
ここにミステリーの今日的なスタイルは、ほぼ完成された。「月長石」に与えられた賛辞は、そのまま今日も、優れたミステリーであるための条件と考えてもよいものである。
このスタイルを継承、ついに完成し、しかも聖書に継ぐほどの世界的なベストセラーにしたのが、いうまでもなくサー・アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」である。この高名な探偵がはじめて世に現われるのは一八八七年の「緋色の研究」であるが、やがて短編が続々と発表されるようになると、ミステリーの人気は爆発的となり、世界中に飛び火して、無数の仲間を生んだ。
すでに述べた通り、黒岩涙香の「無惨」が、わが国の探偵小説との最初のかかわりであるとするなら、これは明治二十三年、すなわち一八九〇年のことになるので、ホームズの誕生より三年後のことになる。
江戸川乱歩の処女作「二銭銅貨」は大正十二年のことであるから、これは一九二三年、ホームズより三十六年遅れることになる。
さてこうしてヨーロッパに誕生したミステリーであるが、この黎明期に位置した先のミステリー作家たちは、この種の小説が幻想小説からの分離直後であることを如実に示して、幻想小説そのものともいうべき作品も、かたわらに、同時に遺している。
ポー、コリンズ、ドイル、そしてこの直後のギルバート・キース・チェスタトンまでも含めて、これら新生ミステリー作家たちは、同時にまた、まだ幻想小説家でもあったのである。
しかし後に時代が下り、「隅の老人」のオルツィー男爵夫人、「エルキュール・ポアロ」の母アガサ・クリスティー、「ギデオン・フェル博士」のジョン・ディクスン・カー、「思考機械」のジャック・フットレル、「ドルリー・レーン」、「エラリィ・クイーン」のエラリィ・クイーン、あるいはまたクレイトン・ロースンといった時代に入ると、幻想小説、ミステリー両者の間には、はっきりとした隔壁が立ち、それぞれの作家はほぼ専業となっていく。
さて一方、ミステリーが爆発的人気を獲得し、一般小説の玉座を占めるようになると、先述したリアリズムの系譜に属する作家にも、顕著な影響が生じた。この系列の作家たちも、自身の信じるやり方で、ミステリーに似た小説を書きはじめたのである。
彼らは、当然ながら幻想味よりも現実性を重んじ、不可思議で幻想的な謎よりも、あえて現実的な難事件を冒頭に置き、天才型の探偵より、むしろ平凡な現職の警官を登場させることを好んだ。そして天才探偵が安楽椅子にかけたまま、天才的霊感で真相を究明することに反撥してか、地道な捜査で数々の失敗を繰り返しながら、ついには真相に到達するというリアルな捜査法を、自らが産み出した刑事に展開させた。ここにどうやら、ポー流のミステリーとはルーツを異にする、現実型のミステリーともいうべき犯罪小説が、もう一筋の流れを発生したのである。
イギリスのクロフツの「フレンチ警部」や、フランスのシムノンの「メグレ警視」、また倒叙推理小説の始祖ともいうべきリチャード・フリーマンの「ソーンダイク博士」などがこの系列に組するであろう。
この系譜はアメリカに飛び火、やがて時代が下るとハメットを生む。そしてかのレイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドと続く、華やかなアメリカン・ハードボイルドとして結実する。
ポーに先を越された形のディケンズの一八三五年の作「荒涼館」 であるとも、フランスのガボリオーの一八六六年の作「ルルージュ事件」であるとも、また同じこの年のドフトエフスキーの「罪と罰」であると考える研究家もいる。しかし一般には、ディケンズの友人であるウイリアム・ウイルキー・コリンズの「月長石」であるとされる。
一八六八年に世に現われたこの作品に対する、T・S・エリオットの評は有名である。神秘不可思議な謎の設定、論理的なその解明、まったく意外な犯人、人間味ある探偵の登場など、理想的なミステリーとしての条件をほとんどすべて充たした、最初にして最高のミステリーである、というものだった。
ここにミステリーの今日的なスタイルは、ほぼ完成された。「月長石」に与えられた賛辞は、そのまま今日も、優れたミステリーであるための条件と考えてもよいものである。
このスタイルを継承、ついに完成し、しかも聖書に継ぐほどの世界的なベストセラーにしたのが、いうまでもなくサー・アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」である。この高名な探偵がはじめて世に現われるのは一八八七年の「緋色の研究」であるが、やがて短編が続々と発表されるようになると、ミステリーの人気は爆発的となり、世界中に飛び火して、無数の仲間を生んだ。
すでに述べた通り、黒岩涙香の「無惨」が、わが国の探偵小説との最初のかかわりであるとするなら、これは明治二十三年、すなわち一八九〇年のことになるので、ホームズの誕生より三年後のことになる。
江戸川乱歩の処女作「二銭銅貨」は大正十二年のことであるから、これは一九二三年、ホームズより三十六年遅れることになる。
さてこうしてヨーロッパに誕生したミステリーであるが、この黎明期に位置した先のミステリー作家たちは、この種の小説が幻想小説からの分離直後であることを如実に示して、幻想小説そのものともいうべき作品も、かたわらに、同時に遺している。
ポー、コリンズ、ドイル、そしてこの直後のギルバート・キース・チェスタトンまでも含めて、これら新生ミステリー作家たちは、同時にまた、まだ幻想小説家でもあったのである。
しかし後に時代が下り、「隅の老人」のオルツィー男爵夫人、「エルキュール・ポアロ」の母アガサ・クリスティー、「ギデオン・フェル博士」のジョン・ディクスン・カー、「思考機械」のジャック・フットレル、「ドルリー・レーン」、「エラリィ・クイーン」のエラリィ・クイーン、あるいはまたクレイトン・ロースンといった時代に入ると、幻想小説、ミステリー両者の間には、はっきりとした隔壁が立ち、それぞれの作家はほぼ専業となっていく。
さて一方、ミステリーが爆発的人気を獲得し、一般小説の玉座を占めるようになると、先述したリアリズムの系譜に属する作家にも、顕著な影響が生じた。この系列の作家たちも、自身の信じるやり方で、ミステリーに似た小説を書きはじめたのである。
彼らは、当然ながら幻想味よりも現実性を重んじ、不可思議で幻想的な謎よりも、あえて現実的な難事件を冒頭に置き、天才型の探偵より、むしろ平凡な現職の警官を登場させることを好んだ。そして天才探偵が安楽椅子にかけたまま、天才的霊感で真相を究明することに反撥してか、地道な捜査で数々の失敗を繰り返しながら、ついには真相に到達するというリアルな捜査法を、自らが産み出した刑事に展開させた。ここにどうやら、ポー流のミステリーとはルーツを異にする、現実型のミステリーともいうべき犯罪小説が、もう一筋の流れを発生したのである。
イギリスのクロフツの「フレンチ警部」や、フランスのシムノンの「メグレ警視」、また倒叙推理小説の始祖ともいうべきリチャード・フリーマンの「ソーンダイク博士」などがこの系列に組するであろう。
この系譜はアメリカに飛び火、やがて時代が下るとハメットを生む。そしてかのレイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドと続く、華やかなアメリカン・ハードボイルドとして結実する。
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